<前記>
この作品は一から十までフィクションです。
基本的に日常の徒然を書き留めた日記ではありますが、
多分に嘘・大袈裟・紛らわしい表現が含まれておりますので、
ご精読の折は眉唾でお願い致します。
某所に投稿させて頂いたブツの再利用だったりしますが、
万一気付かれましたらスルー願えれば幸いです。
○
人として生まれたからには、誰しもアニメ化を目指さなくてはならない。
誰が決めたのか判らないが、それは世界の常識というものだ。たとえ地球人類が今すぐ全員ゴリラになったとしても、二十一世紀くらい歴史を重ねていけば、ちょっと毛深くなった人類は同じようにアニメ化を目指し、ラフを描き、プロットを立て、ラノベを書き、何かしら適当に作っているであろう。
ひょっとすると可視光線の関係上僕には見えないアニメだったり、よりトンボ的な眼球をしていなければ認識できなかったりするかもしれないが、それが常識だ。
だが幸いにも今僕らがやらなければいけないアニメ化はごくふつうのアニメ化だ。
一万個の目玉で同時に見ないかぎりパラパラ動いてくれないような面倒臭い代物ではなく、パラパラと、時にはヌルヌルと、さらに時にはヤシガニ的になる、そんな感じのものでよい。
「良かったよなぁ」
「何がだ」
「だってお前、複眼専用アニメはとても大変だぞ。本郷猛でもない限り観られない」
「そうだな。だが、俺の知る限り本郷猛は複眼ではないはずだが」
「……あれ?」
僕は首を捻り、部屋のベッドに座っている男に顔を向けた。
彼は火をつけない煙草に噛みつきながら、派手にかかとをピストン運動させている。激しい
貧乏揺すりにギシギシとベッドが軋み、僕はむうと小さく唸った。
「誘ってんのか? あぁん? 誘ってんのか?」
「何がだ」
「ひとりベッドを軋ませたりして、いやらしい」
「お前の発想がいやらしいよ」
彼こと僕の悪友の藤林は、ついにごろりと横になってしまった。
僕は睨んでいたディスプレイから目を離し、一時停止ボタンをクリックして再生を止める。
「だいたいお前は何故僕のベッドに座っているのだ? そこは眠るところであって決して座るところではないし、おっさん臭いスラックスの大股開きなど公害以外の何者でもないぞ」
「俺がここに座っているのは、お前の部屋に椅子がひとつしかないからだ」
「なんと」
あまりにも簡潔かつ明瞭な答えに、僕はその点について完全に納得した。
彼を疑った自分の心を恥じたい。いやらしいと思う心こそがいやらしい、つまり。
「つまり、けっこう仮面だな」
「……何が言いたいんだお前は?」
「聞け。貴様も知っているだろう、けっこう仮面。よく適当なヌルい感じの特集番組、アニメフェスティバルとかカニバリズムとかで再生されているだろう」
「とりあえず人肉は喰わないと思うが見覚えはあるな。覆面以外全裸のヒーローだろう」
「乳首はついていなかったな。まあそれはさておきこの場合問題なのは乳首ではない。全裸で悪と戦うヒーロー……いや、ヒロインか? まあどっちでもいいや。とにかく全裸だ」
「確かマンガ版だと乳首も描いてあったような気がする。よく覚えていないが」
「今度貸せ。まあそれはともかく、あの豪快な全裸っぷりを思い出せ。あれだけ見事な全裸はなかなかないぞ。普通あそこまではできん、たとえ悪と戦うためであってもだ。何故か」
僕はけっこう真面目に問いかけたつもりだったが、藤林は僕のそば殻枕を引っ張り寄せると、汗でじわっと染みの浮いた脇を挟むように乗せてから、短く答えてきた。
「セクシーコマンドーだろう」
「何げに本当っぽいな」
僕は思わず納得しかけた。
「うむ、セクシーだからな。しかも戦っている。呪文を使っている様子はないから、きっと常に「たたかう」を選択しているのだろう。コマンド的にも問題ない」
「だがこの場合ソレはあまり関係ない。僕が言いたいのはもっとメンタル的なことだ。崇高な悪と戦う使命を帯びたヒロインは、たとえ全裸でも恥ずかしくない。もし我々が同種のことをしでかしたなら、間違いなく逮捕されて地上デジタル放送に致命傷を与えかねないというのに」
「お前が逮捕されてもぞんざいなシカがお茶の間に出現することはありえんと思うが」
「地デジマとかどうだろう。シーボルトとか居そうだ」
「お前適当なこと言ってるだけだろう」
「うん。……だがそれは関係ない、つまりけっこう仮面は正義だが、大股おっぴろげジャンプで倒されるサタンの足の爪どもは悪だ。正義のためにあえて己を犠牲にして全裸となる彼女に卑猥な目を向ける連中は、どう考えても悪だろう。故に、いやらしいのはいけないのだ」
「痴漢冤罪の被害者を連想する。陪審員制度が導入された暁には判決が覆る可能性は高いぞ」
「まあ全裸だしな。だが、僕は今学んだぞ。主にけっこう仮面とお前のヒザから」
「勝手に学ぶな。警察を呼ぶぞ」
僕たちはずっと部屋にいる。
少なくともこの一週間、同じ部屋からトイレと風呂以外で外出したことはない。
基本的に家から出たくない僕はまんざらでもなかったが、藤林は三日でシャツの襟を黄色くし、四日目で髭を剃るのをやめ、五日目でコンビニ弁当の割り箸をカッターで尖らせ始めた。
僕はてっきり麻薬王にコカインでも盛られたのだろうと思い、時々とがり箸で僕をシュッ、シュと突く真似をする彼をなるべく見ないことにした。
普段はのべっとした目つきの男なのに、その時だけ口や瞳が省略された感じになる。眼球が妙に広がって、ほとんど鮫である。フジバヤシ・ザ・シャークと密かに命名してもいい。
「つまり、アニメ化だ」
「ピグマリオか」
「とても残念ながら和田先生は関係ない。人間として必ず目指すべき命題だ」
「それがアニメ化なのか?」
罰当たりなことに藤林は疑問を投げかけた。
「そうだ。現代日本にアニメが与える影響は大きい。むしろ日本人はこのまま進化し続ければアニメを観ることで栄養補給ができるようになるかもしれんとさえ思う。とてつもなく便利だ」
「何を言う。今のご時世、テレビなど見ていては馬鹿にされるぞ」
「テレビを観るのではない、僕が観るのはアニメだ」
「テレビに映るのはアニメかも知れんが、アニメを映すのはテレビだろう」
「いや今は液晶とかプラズマとかライトニングとかあるだろう」
「万能なるマナでアニメまで観れるとは思わなかった。侮れんな」
「古代語魔法だからな。カッコいいぞ」
言い切っては見たものの、僕らは首を捻った。
なんとなく間違ってる気がするが、何が間違っているのかわからない。
しかし些細な問題なので、話を続けることにした。
「近い将来、僕たちはアニメ化されなくてはならない。幸い条件は整っている。あとは製作会社、出版社、もしくはメディアミックス的なアレからのオファーを待つばかりだ」
「俺は知らなかったが、条件って整ってたのか」
「うむ。僕もたった今気がついたんだが」
「だが待て、アニメ化されるとなると色々とアレだろう。大丈夫か」
「アレとは何だ」
「だって最低限ビームくらいは出せなきゃいかんだろうアニメ的に。画面映えする技とかないと、いくら画面に出ていても出番が減り、しまいにはスタッフロールの三番目に寄り切られかねん」
「お前の心配はよくわかる。だがビームの必要はない。ついでに言えばロボットに乗る予定もないし、OSを書き換えたりもしないから勉強とかする必要もない。超能力に目覚める必要もないし、特訓を受けて拳法とか覚えるとかもいらないのだ」
「そうなのか。俺はてっきり悪と戦うのかと。だが、いくら何でも全裸は寒いぞ」
「セクシーコマンドーもいらん。必要なものはすでに揃っている」
「お前、まさか恋人でもできたのか」
「ここ一週間で、僕と会話した人類は現実ではお前だけだ藤林。というか、何故そうなる」
「だってバトル展開がない以上、アニメ的においしい展開といえばあとはラブコメぐらいだ。自慢ではないが俺には可愛い女の子の知り合いなどおらんから、お前が主人公かと」
「じゃあ貴様は何なのだ」
「君島的なポジションでいい」
「死んじゃうではないか」
あ、と藤林は短く言った。
僕は察しの悪い相棒に説明するため、リラックスした雰囲気を作りながら続ける。
「バトルもラブコメもいらん。さっきも言った通り、我々はアニメ化される条件をすでに満たしているのだ。あとはオファーさえ来れば何の問題もなく大金が得られる」
「まさか」
「昨今流行りはじめたアニメの中には、バトルがない、ロボットも出ない、それどころか恋愛さえ存在しない、というジャンルのものがある。これなら僕らも余裕だ」
「馬鹿な。バトルがなくては視聴者が飽きる、ロボットが出なければスポンサーが逃げる、恋愛が無ければオタクが見切るぞ。実例は俺だから間違いない」
「そんなことはないさ。僕たちがアニメ化されるジャンルは、ぬるい日常コメディなのだ」
「何だそれは。ぬるいって、何と比較してぬるいのだ。ガンダムファイトか」
「比較対象が爆熱すぎる。……そうだな、たとえを出して説明しよう。学校があると思え」
「うむ、思った。ちなみに小学校だ」
「……ちょっと倫理的にまずいが、まあ許容範囲内だ。で、その学校にはとりたてて特殊な力などは持っていないが、個性的なメンバーが集まっているとする」
「うむ」
「そうした人々の日常生活、例えば何の変哲もないチャンネル争いとか殴り合いとかフクロモモンガとかを淡々と描き続ける。これが日常コメディだ」
「……それでいいのか?」
「いい。何も特別なものなど必要ない。視聴者は今や刺激満点のバトルや、結局主人公とヒロインがくっつくラブコメなど求めてはいないのだ。可愛らしいキャラがキャッキャウフフとか言いながら延々とじゃれ合っていれば問題ない。マンガ化され、書籍化され、ライトノベル化されたあげく、超解とか謎本とか五十の秘密とかが無許可で出版される」
「許可はとったほうがいいと思うが凄いな」
僕のもたらした説得力に関心したのか、藤林はベッドの上であごをなでた。
短いヒゲが鳴る音が耳に届き、いつのまにか唇のそばにできていたニキビが揺れた。きもい。
「なあ」
「何だ。お前も寝てばかりいないで、早く何か適当な決め台詞でも考えろ。なるべくなら気の抜ける感じで唐突なのがいい。ちんぴろすぽーん」
「もう試している上にパクリではないかそれは。一文字だけ変えても無駄だ」
「わちんこ?」
「逆文字で言われても聞く分にはわからん。というか、ダメだろうこの企画」
「そんなばかな。理由を言え、君島」
「藤林だ。だって俺たち、学校行ってないではないか」
「日常生活を描けばいいのだから別によかろう。先例もないわけではないし、アパートの一室で延々とひきこもり続けていたとしても、そこにほのぼのとした日常があれば」
「そこだ。ほのぼのとした日常と言われても毎日食って寝て遊んでいるだけだぞ。むしろ一日に費やす時間の七割はドワンゴに捧げている俺たちに、そんなものがあるのか」
「くすっと笑えるトークがあれば問題ない。それこそがぬるい日常というものだ」
「可愛らしいキャラと言ったが、俺がまず可愛くないぞ」
「気にするな。幸いにも今のアニメはほとんどがCGで作られている」
「つまり俺たちもCGで作られていなければならぬのではないか」
「え」
藤林の思わぬ言葉に、僕は腕を組み、しばらく考えた。
「僕らは肉でできている」
「哺乳類だからな。せめて甲殻類なら近いと思うんだが。キチン質だし」
「中の人と考えれば問題ないと思わないか? 僕たちが可愛らしいキャラを演じればいい」
「声優になったほうが早いぞ」
いいアイディアだと思ったのだが、企画段階に大きなミスがあったらしい。
まさかこの人体そのものが障害だったとは思わなかったが、さりとて死ぬわけにもいかぬ。
「僕が間違っていた。……簡単にはいかんな、アニメ化は」
「代償なしで手に入るものに価値などない。それが一番だ。それより何故突然アニメ化なのだ」
「いや、したいから」
「そうか。……まあ、お前は大丈夫かも知れないが」
「ん?」
「何でもない。早く原稿書けよ、いいかげんに」
ディスプレイに向けていた顔を戻してみると、藤林は図々しくも僕のベッドの上で、
布団に顔を突っ込んで息絶えたように動かなかった。
うら若き乙女の布団に何をするのだこの豚め。
「やはり働くしかないか」
僕は呻き、ディスプレイに映っていた動画を閉じて、ライトノベルを書く仕事に戻るのだった。
第一話 END
たぶん続く。
第一話『あにめか!』第二話『ちょっと痩せた?』第三話『スルメスメル』第四話『サトリラレ』